「第7回 ソウル国際瞑想エキスポ」 龍陀大禅師 招請講演録
仏教と解悟主義 — お釈迦様の大覚と思惟の道
📖 編集案内(Editorial Note)
本講演録は、第7回ソウル国際瞑想エキスポ 瞑想カンファレンスにおいて行われた龍陀大禅師の招請講演(09:08〜1:03:06)の録取録(書き起こし)をもとに、現場の生々しい肉声と温もりをあますところなく保ちながら、口述上の不明瞭な箇所を自然に潤文(じゅんぶん)した定本です。
また、講演当日の限られた時間により、やむを得ず縮約あるいは省略された大禅師の事前準備原稿における深遠な哲学的背景は、【講義案 補足】カードとして該当箇所に端正に補い、講演の全体体系を余すところなくご鑑賞いただけるよう構成いたしました。
※ 大禅師の講義案原文(導入の辞)全文:
本論に入る前に、前置きとして申し上げたいことがあります。【尊重】です。若き日、師僧から幾度となく聞かされた言葉の一つに門門可入があります。目的とする空間に入る門は数多くあり、どの門からでも選択して入ることができるという意味です。毘盧峰(最高峰)は一つですが、登る道はたくさんあるという意味ですね。人類の歴史には無数の文化が存在しました。それぞれの文化は、人々が従い支持してくれたその度合いの分だけ繁栄したはずです。地球上にはおよそ5千もの宗教が存在するといわれています。果たしてどの宗教が正しく真理を宿しているのでしょうか? それは無意味な問いです。人々が選択してくれるその度合いの分だけ、意味があるにすぎません。自らの宗教こそが正しいとお互いに争い合っているとしたらどうでしょうか? 何とも痛ましいことでしょう。
解答が見えますでしょうか? 簡単なことです。尊重です。私はこれが好きなのに対し、あの人はあれが好きなのだというだけのことです。尊重は平和をもたらします。惑星どうしの間でも尊重、国家間でも尊重、文化間でも尊重、宗教間でも尊重が求められます。一つの宗教の内部においてさえ、自分が正しいと争い合うことが多い世の中です。仏教の内部においても、かなりの争いがあったようですね? あったとすれば、あったその度合いの分だけ痛ましいことです。解答が見えますでしょうか? 尊重こそが答えです。
仏教の中にも離苦得楽のために多様な方便が入り乱れています。悟りというテーマのもとにおいても、話頭(公案)、黙照、念仏、ヴィパッサナー、三昧主義、証悟主義、解悟主義など、多様な方便が咲き乱れています。今、この講義者は解悟主義(思惟主義)に力を込めて語ろうと決意しています。どれほど力を込めたとしても、「尊重」という地平の上で行います。心から話頭、黙照、念仏、ヴィパッサナー、三昧主義、証悟主義などをあまねく尊重いたします。
【導入および挨拶】 120歳の無事息災祈願と同事摂(トンサソプ)
南無阿弥陀仏。皆さん、お目にかかれて嬉しく、感謝申し上げます。この場にご縁を結ばれた功徳により――今や時代は120歳時代を迎えたといいます。この頃、100歳を超える方々をあちこちでお見かけするようになりましたね? そうなると、皆さんは今や120歳を見据えなければなりません。ですから私が祈願申し上げます。「120歳まで何事もなく無事息災であられますように」。私が感謝している方には、いつも「120歳まで無事息災でお過ごしください」とご挨拶申し上げるのです。
少し自己紹介をいたしますと、私は龍陀と申します。そして私の師匠は、この時代にブッダであると讃嘆された淸華大禅師であられます。そして、ここにお座りの皆さんのうち、同事摂の修練に来られて修練を受けられた方は、一度手を挙げてみてください。(会場を見渡し) ほぼ全員の方が手を挙げられますね。私が1980年に修練を始めてから、今年で46年になります。10年ほど前に、修練を経ていった修練生の延べ人数の統計をとったところ、3万人を超えていたそうです。それからまた10年が経ちましたから、3万数千人になっていることでしょう。
ですから私は、このマイクを持ってこのお話をするためにこの世に生まれてきたのではないか、そんな気さえいたします。今日もこのマイクを握ることを切に願っておりました。私も少々年を取りましてね。今86歳なのですが、ある方がこの杖をプレゼントしてくださったのです。そこで「私に杖は要りませんよ」と言いましたら、「必要とされなくとも、これをついてこそお年寄りに見えます。ですから、ちゃんとお年寄りに見えるようにこれをお持ちください」と言うのですね。若く見えたほうが良さそうに思えますが、年寄りは年寄りらしく見えてこそ良いものです。ですから私はこれを持って歩いているのです。(笑い)
何はともあれ、本日この場に皆さんがご縁を結ばれたことが一つの契機となり、皆さんの人生に何か大きな助けとなることを願っております。
第1章 仏教と解悟主義の定義
本日の講義のテーマは「仏教と解悟主義」です。瞑想カンファレンスと申しますね。さて、瞑想とは、「瞑(めい)」と「想(そう)」です。皆さんが通常、瞑想と耳にすると、目を閉じて静かに座っている状態を想像されるかもしれません。しかし本来、瞑想の重点(アクセント)は「瞑」にあるのではなく、「想」にあるのです。
あの瞑想を私たちの東洋風、禅宗風に表現するならば「禅」と申します。禅のインド本来の発音は「禅那(Dhyāna、ディヤーナ)」です。禅那とは「思惟修」です。すなわち「思惟する修め(思索による修習)」こそが禅の本質です。ですから瞑想の重点は、瞑にあるというよりは、想にあると見ざるを得ないのです。静かな心が「瞑」であるならば、その静かな心で深く思索すること、これこそが「瞑想」です。もちろん、重点を瞑のほうに置きたい方は置かれても結構です。しかし私は、重点を断然「想」のほうに置くことになります。なぜなら、私が勝手にそう決めたのではなく、釈迦牟尼仏(お釈迦様)の教えを辿っていくと、瞑は方便(手段)であり、主路線は想であるからです。本日「解悟主義」と申し上げるこの講義こそが、まさに想に重点を置いた瞑想文化のお話となるのです。
では、解悟主義の定義とは何でしょうか? それはまさに「理解による悟り」です。私たちの心の中にある知性と理性が思惟(思索)します。思惟することによって、思惟を通じて道理を理解します。思惟して幸福の道理を理解すれば幸福になってしまい、思惟して悟りの道理を理解してしまえば解脱する――これこそが解悟主義の路線なのです。
【離苦得楽と楽の段階】 ニカーヤの五欲楽から想受滅(滅尽定)まで
皆さんが人間として生まれてきた以上、離苦得楽が生の究極の目的となりますね。人生の過程において苦痛を脱して楽しみを得るという目的は、誰にも否定できません。風邪をひいてしまえば、頭がズキズキして苦しいでしょう。そうすれば、その苦しみから早く抜け出そうと風邪薬を飲みます。苦しみから脱して楽しみへと向かうこと、これこそが人生の目的なのです。
そして釈迦牟尼仏は、人生の目的である「楽」を体系的に整理されました。『ニカーヤ(Nikāya)』を繙いてみますと、楽の中で最も第1段階の楽を「五欲楽」と申します。世の中の人の99%は、ほぼ絶対的に五欲楽を志向する生を生きています。五欲楽の次元で幸せであるとするなら、それも決して悪いことではありません。しかし、五欲の楽にばかり留まっているとするなら、お釈迦様はそれを痛ましく思われます。なぜなら、より高次元の楽が存在するからです。
初禅の楽、二禅、三禅、四禅の楽、そして空無辺処定、識無辺処定、無所有処定、非想非非想処定の楽があり、そこからさらにもう一歩、最後の境地へと至れば、「想受滅(滅尽定)」という究極の楽があるのです。それなのに、その高次元の楽を差し置いて、五欲楽にばかり留まっているというのは、何とも惜しく痛ましいことではありませんか。最後の楽とは何か? それこそが想受滅の楽です。
想受滅とはどういう意味でしょうか? 私たちの心の中を見てみますと、大きく分けて二つしかありません。考え(想)と感じ(受)です。考えと感じが、私たちの心の内容(中身)です。考えを善く持てば感じが良くなります。考えを誤れば感じが悪くなります。感じが悪くなることを「不幸」と申します。ですから、皆さんが幸福になろうとするなら、考えを善くしなければなりません。では、想受滅とは何でしょうか? 想は考えであり、受は感じですから、想と受は心の内容のすべてではありませんか。その想と受が滅して完全に消え去ってこそ究極の境地であり、解脱であり、ニルヴァーナ(涅槃)であるとお釈迦様は説かれたのです。
ところが驚くべきことに、「この多くの段階を梯子を登るようにすべて経ていかねばならないのか?」と恐れる必要は全くありません。五欲楽の世界に生きていながら、一足飛びに第10段階である想受滅へと一気に跳躍することができるのです。この場で想受滅へと直ちに跳躍せよと教えられた方がどなたでしょうか? それこそが達磨大師です。古典仏教では順を追って段階的に修め登っていくよう教えましたが、達磨大師が現れて「そのように複雑にする必要はない。即心即仏である! 汝の心そのものがそのまま仏である。汝の心は本来仏なのだから、仏であることを今ここで『あぁ!』と認識しさえすればよいのだ」という禅仏教の革命を宣言されたのです。
第2章 体験的自覚と空(くう)の眼目
想受滅は悟らねばなりません。何を悟るのか? 「無(空)」を悟ればよいのです。この悟りは、単なる認識です。「うむ、そうであったか!」と認識してしまえばよいのです。準備のできている人ならば、5分で悟ることができます。
さあ、皆さんご自身でご自分の心に注目してみてください。心の中に宿る無数の考えの塊(念体)を見るのではなく、心の中のあらゆる経験を綺麗さっぱり払い落として、「心そのもの」に今注目してみてください。白い画用紙に絵を描くとするならば、絵が描かれる以前の本来の「原反(白生地)」、心の原反に注目してみてください。心の原反を見てみますと、からっぽに澄み渡って何一つないでしょう? 「無心な、ありのままの意識状態」が経験されませんか? それが経験されたなら、皆さんは達磨の直系の弟子となられたのです。心そのものを見れば無心が経験され、惺惺寂寂たる静寂そのもの、宇宙的な平和が訪れてしまいます。これこそが解悟主義の説く悟りです。
もう一つのアプローチ法は、心の外の対象(法、色)を観ることです。目の前に広がる山河大地、世のあらゆる現象は、あまりにも実在しているかのように見えますね? しかし運の良い人は、それを観察してみて、それが「空(くう)」であるという事実に気づき、深く頷くことになります。『般若心経』において「色即是空」と説かれているではありませんか。世に見えるすべての「色(物質・現象)」が、とりもなおさず「空」であるということです。あらゆるものが空であって実体がないという事実を知性によって認識するならば、掴むべきものがなくなり、執着すべき対象が消え去り、その場においてからりと開かれた自由感を経験することになります。
【解空27条と三時不可得】 過去・現在・未来を思惟して空を悟る
「色」が「空」であるという事実を悟るためには、必ず深い三昧に入らなければならないと信じている方が多くいらっしゃいます。私自身もかつて三昧に没頭して生きておりましたので、よく分かります。しかし『般若心経』の要諦は、観自在菩薩が五蘊のすべてが空であると明瞭に照らし見極めて(照見五蘊皆空)、一切の苦難・厄難から脱せられた(度一切苦厄)ということです。すなわち、知性的な思惟と理解(照見)を通じて「空」を悟られたのです。
私が、世界が空であるという道理を27通りに整理して『解空27条』を著したことがあります。その中の一つが「不可得空」です。すなわち「過去心不可得」「現在心不可得」「未来心不可得」という「三時不可得」です。過去のものは過ぎ去ってしまいましたから、今ここにありますか、ありませんか? ありませんね。未来のものはまだ来ていませんから、ありますか、ありませんか? ありませんね。それでは、現在のものはここにあるでしょうか? 現在に意識を集中してしっかり見てみてください。現在は刹那の間に無常に消え去ってしまいます。私が「見た」と思った瞬間にはすでに過ぎ去っており、現在もまた実体として存在してはいないのです。私たちは過去の残像を見ながら、実在していると錯覚しているにすぎません。このように三時不可得をもって世界を観察したとしても、世界は本来「空」なのです。
知性と理性が思惟して幸福の道理を認識すれば、その場において幸福が完了し、解脱の道理を理解してしまえば、その場において解脱を経験します。ただし、一度経験したからといってそれで終わりではありません。過去の習慣性(業習)によって再び転落してしまう恐れがありますから、悟ったならば、その悟りの境地に幾重にも留まり観行(かんぎょう)を重ねねばなりません。留まり、さらに留まり続けるうちに、その悟りが私の意識全般を支配するようになり、永遠の幸福と解脱を享受できるようになるのです。
第3章 講演の三つの核心テーマ
さて、ここで本講義の核心となる三つのテーマをお話しいたします。第一に、お釈迦様は菩提樹の下(菩提樹下)で何を悟られたのか? 第二に、その縁起法の悟りは何を通じて得られたのか? 第三に、悟られた後、仏法を世の中にどのような方法で伝えられたのか? これら三つです。
私が若き日、全羅北道の金山寺が運営する華厳仏教大学で10年間にわたり釈尊(お釈迦様)の一代記を講義いたしました。釈尊の生涯を108の物語(108の主眼点)に分けて講義したのですが、その中で第一の主眼点こそが、まさに35歳にして菩提樹の下で悟られた「大覚(たいかく)」の出来事でした。ところが、「何によって、いかにして悟られたのか?」というこの疑問がどうしても解けず、何年間も苦悩いたしました。
※ 大禅師の講義案原文(第2章 大覚以前)全文:
お釈迦様の生涯を学ばれた方なら誰もがご存知のことでしょうが、シッダールタ太子は、人間であれば誰もが抱える生老病死という悲劇的な限界が心底嫌でした。老い、病み、死んでしまうのが人生であるならば、そのような人生を気分良く「幸せだ」と言って生きることができるでしょうか? シッダールタ太子にとっては、人生のすべてが「死」という一つの出来事によって完全に無意味に帰してしまうという、その虚無感こそが問題であったのです。死への不安というよりは、人間の絶対的限界に対する抵抗感でした。この「絶対限界」の問題を解決するためにどうすべきかと考えたとき、まずは静かな心で瞑想の道を歩まねばならないというのが、一次的な答えでした。ですから、カピラ国の王子として父・浄飯王(じょうぼんのう)の跡を継いで王となることは、シッダールタ自身が歩むべき道では決してありませんでした。もちろん、王の道か、瞑想の道かをめぐって、真摯で熾烈な苦悩の時間を過ごされたことは当然です。シッダールタ太子は結局、瞑想の道を踏み出すために出家を断行しました。出家の年齢は29歳でした。山へと向かいました。シッダールタは静かな木陰に独り座り、独りで瞑想する時間を持つこともあったでしょう。自力で何かを得ることが容易なことではないとも知ったはずです。結局、瞑想の師たちを訪ねねばならないという考えに至ったことでしょう。まずここまでの歩みを見るとき、シッダールタ太子の心の中に絶え間なく流れ続けている核心的な心の営み(作為)が「思惟(思索・考え)」であるという事実を見逃してはなりません。思惟、思惟、思惟です。思惟、思索とは、とりもなおさず「考えること」です。「私は死ぬことになっているのだ」と考え、「私は死にたくない。私は人間が持つ絶対的な限界が本当に嫌なのだ」と考えます。「これを克服できる何らかの道を見出さねばならない」と考えます。すなわち、シッダールタの心の中で、その知性は絶え間なく考え(思惟し)続けたのです。「アーラーラ・カラーマ、ウッダカ・ラーマプッタという師がいると聞くから、その師たちを訪ねよう!」と考え(思惟し)ました。
まず、アーラーラ・カラーマという師を訪ねました。その師のもとに行き、師が教えた通りに瞑想を行いました。その師は無所有処定という境地にまで達している瞑想の師でした。シッダールタは間もなく無所有処定に達してしまいました。これに感動した師は、「今やそなたは私の境地に達した。今後私が亡くなったら、そなたがこの教団を引き継いで運営してくれ」と認可しました。シッダールタ修行者は一抹の喜びがないわけではなかったでしょうが、失望を禁じ得ませんでした。シッダールタが欲するものは、ただ人間全体の絶対限界である生老病死を脱することであったからです。心だけが静かに無所有処定に達しただけであって、生老病死の解脱とは全く無関係であったのです。アーラーラ・カラーマ師のもとを去り、ウッダカ・ラーマプッタ師を訪ねました。その方は非想非非想処定の境地に達した方でした。無所有処定よりさらに一段階高い境地が非想非非想処定という境地です。シッダールタ修行者はすでに無所有処定に達していた状態でしたので、ほどなくして非想非非想処定に到達しました。ウッダカ・ラーマプッタ師も、「驚くべきことだ、これほど短い間に私が達している境地に至るとは。私が亡き後は、そなたがこの教団を運営してくれ!」と認め、喜ばれました。シッダールタ修行者はやはり自らの瞑想の目的である生老病死の解脱とは無関係であるため、失望してウッダカ・ラーマプッタ師に別れを告げて去りました。このようにして修定主義(三昧主義)文化に別れを告げます。
当時インドにおける支配的な修行文化は、修定主義と苦行主義でした。シッダールタ沙門は自然と苦行主義の瞑想村をノックしました。仏教文化において「六年苦行」という定着した概念は、まさにこの時に形成されます。シッダールタ沙門は熾烈を極めた極限の6年苦行を修めました。一麻一米、1日に麻の実一粒、米一粒だけを食べて耐え忍ぶ苦行です。6年間の苦行を終えたとき、身体は皮骨相連なり、気力は限りなく衰え果て、精神もまた混濁してしまいました。シッダールタ沙門は再び考えました。「苦行もまた悟りの道ではない。体に気力が衰え、精神が混濁するというのは悟りの道ではない。体に気力を取り戻さねばならない。まずは沐浴からしよう!」 このように考え、尼連禅河(ニレンゼンガ/ナイランジャナー川)へと向かわれました。沐浴しているうちに倒れてしまいました。倒れていたシッダールタ沙門を発見したのは、羊飼いの少女スジャータでした。スジャータから乳粥(乳糜粥)の供養を受けながら、シッダールタ沙門は次第に気力を回復していきます。修定主義も、苦行主義も、シッダールタ沙門の宿願である生老病死の解脱への道ではありませんでした。
【テーマ1&2】 縁起法の内容と増谷文雄先生の手がかり
お釈迦様が菩提樹の下で悟られた内容こそが、まさに「縁起法」です。『雑阿含経』では、縁起をこのように公式化しています。「これがあるがゆえにかれがあり、これの生ずるがゆえにかれが生ず。これが無きがゆえにかれが無く、これの滅するがゆえにかれが滅す(此有故彼有 此生故彼生 此無故彼無 此滅故彼滅)」。
縁起であるからこそ、固定された実体としての「我(自分)」というものは存在しない「無我」なのです。私が存在しないのに、私の生老病死や死が一体どこにあるでしょうか? 無我を悟ってしまえば生老病死の苦痛が消え去り、解脱が開かれます。また、縁起とは「同体縁起」です。全宇宙の万物が縦横無尽に有機的に結びつき、ひと塊の「同体」を成しています。あなたと私とが本来一つの身体であることを悟るがゆえに、無条件の「同体大悲」の慈悲の心が自ずと湧き出ずるのです。
それでは、修定(三昧)でもなく苦行でもないとするなら、お釈迦様は一体何を通じてこの縁起法を悟られたのでしょうか? その解答を与えてくれた本こそが、日本の仏教学者・増谷文雄(ますたに ふみお)先生の著書『仏陀 その生涯と思想』でした。その本の中で、私は決定的な手がかりを得たのです。その手がかりこそが、まさに「思惟(考え・思索)」でした! 八正道の1番と2番が「正見」と「正思惟」である理由が、まさにここにあったのです。お釈迦様の大覚とは、人間の知性と理性が全宇宙の縁起の道理を深く思惟することによって理解し得た、偉大なる「解悟」であったのです。
第4章 思惟(解悟)主義の歴史的事例
思惟主義、解悟主義の歴史的事例を挙げてみましょう。第一に、お釈迦様の大覚そのものが、思惟を通じた縁起の理解でした。第二に、大覚を成し遂げられた直後、五人の比丘(五比丘)を教化するために最初に編集された教材こそが、「四聖諦」「十二縁起」「八正道」でした。お釈迦様が深く思惟され、この偉大な教理体系を論理整然と構築されたのです。
第三と第四に、鹿野苑(ろくやおん)へと赴かれ、五比丘、そしてヤサ(耶舎)とその友人54名に対して四聖諦・十二縁起・八正道を説法されました。彼らはお釈迦様の理路整然とした説明を聞き、思惟してその道理を理解(解悟)することにより、わずか2ヶ月の間に60名全員が阿羅漢果を成就いたしました。禅の座布団に座らせて三昧に入らせたのではなく、思惟を通じて一挙に悟りを得させたのです。
第五に、60名の阿羅漢が現れるや、お釈迦様は伝法を宣言されました(布教宣言)。「初めも良く、中ごろも良く、終わりも良く、理路整然と伝えよ!」 これもまた徹底した解悟主義です。第六に、ウルヴェーラーのカッサパ(迦葉)三兄弟とその1,000名の弟子たちに対しても、四聖諦・十二縁起・八正道を理路整然と伝達し、1,000名全員が一瞬にしてお釈迦様に帰依いたしました。
第七に、サンジャヤの弟子であったサーリプッタ(舎利弗)とモッガッラーナ(目犍連)の帰依です。托鉢をしていたアッサジ(馬勝比丘)に教えを乞うた際、アッサジが口ずさんだ有名な偈頌があります。「諸法従縁生 亦従因縁滅 我師大聖主 爲我如是説(諸法は縁より生じ、また因縁によりて滅す。我が師の大聖主は、我がためにかくの如く説きたもう — あらゆる法は因縁によって生じ、因縁によって滅する。我が師である大聖主はこのように説かれた)」。聡明な舎利弗はこの短い縁起の偈を聞いて深く思惟し、その場において縁起の道理を悟りきってしまい、目犍連およびサンジャヤ門下の250名の弟子たちと共にお釈迦様に帰依して、仏教教団の礎である1,250名の諸大阿羅漢を形成したのです。
※ 大禅師の講義案原文(第4章 <8> 無数の法理)全文:
- 『般若心経』の 照見五蘊皆空 度一切苦厄(五蘊が空であることを照らし見極めて一切の苦厄から脱す)、
- 色即是空 空即是色(色はすなわちこれ空、空はすなわちこれ色)、
- 『金剛経』の 無有定法名阿耨多羅三藐三菩提(定まった法なきを阿耨多羅三藐三菩提と名づく)、
- 各種 四句偈、
- 『六祖壇経』の 不思善不思悪(善をも思わず悪をも思わず)、
- 『法性偈』の 一微塵中含十方(一微塵の中に十方世界を包含す)、
- 元暁(ウォニョ)の 骸骨通(髑髏の水を飲んで一切唯心造を悟る)、
- 『サンユッタ・ニカーヤ』第3巻の 無常・苦・無我の解脱論、
- 無非仏(仏にあらざるはなし)、無非菩提(菩提にあらざるはなし)などを解悟主義(思惟主義)以外の道として解釈できるでしょうか?
第5章 結びの辞:解悟主義は仏教の嫡子
このようにして、仏教においては解悟主義こそが仏教の嫡子(正統の後継)なのです。本日ここまでお話し申し上げました内容の中から、皆さんの心の中に一つの尊いヒントが届き、皆さんの人生がより一層輝かしく、より自由なものとなりますことを心より祈願申し上げます。誠にありがとうございました。
※ 大禅師の講義案原文(結びの言葉)全文:
- 八正道の1、2番に注目してください。思惟を善くして正しい道理(正見)を発見し、正見を基準として思惟が展開されます。八正道の1、2である正見・正思惟は、釈尊の悟りの経緯の告白でもあります。
- 戒定慧の三学に注目してください。慧(え)とは、智慧をもって考える(思惟・思索する)ことです。
- 考え(思惟、思索)こそが道です。 考えを誤れば不幸になりますが、考えを善く持てば幸福になり、考えをさらに深く善く進めれば解脱に至ります。
- 人間の人生は思言行(思い・言葉・行動)のすべてです。内では考え、外には言葉を発し行動するわけですが、内なる考えがどれほど重要でありましょうか。
- 瞑想とは、瞑(静けさ)なる心で、想(考え)を善く行うことです。ところが多くの仏教徒は、心を静める「瞑」、すなわち三昧こそが悟りのための主たる方便であると強く強調しがちなようです。もちろん「瞑」の力、すなわち三昧力が著しく脆弱であれば、悟りだけでなく日常生活や無数の学び・学業が不可能であるというのは事実です。しかし私たち人間全般は、周利槃特(チューラパンタカ)のような特殊な例を除けば、生まれながらにしてすでに日常生活や、小中高大の学業、あるいは四聖諦、十二縁起、八正道を理解するにあたって支障のないほど、十分な三昧力を先天的に授かって生まれてきているということを認識しなければなりません。したがってこの講義者は、私自身も三昧修行を限りなく楽しむ者ではありますが、解悟主義を主唱するこの場においては、悟りの条件として三昧を持ち込みたくはありません。私は自らの知性あるいは理性によって色即是空を理解し、静かなる自性に注目して歓喜雀躍する数多くの修練生を見てまいりました。【「毘盧峰(頂上)を発見することこそが修行の99%の意味である」】と説き、いざ毘盧峰を発見して歓喜雀躍する修練生に対しては、【「今や修行の1%が解決された。99%の修行をもって毘盧峰に登頂しよう!」】と諭すことが、同事摂の心の学び文化の一つの家風となりました。
三学、八正道、六波羅蜜の弟子となられますことを祈念しつつ……
ありがとうございました。
2026. 9. 18. 天嶺山下にて 龍陀 合掌